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「本山博著作集」別巻Ⅰの読みどころ   宮司 本山一博

今月は別巻Ⅰの読みどころを紹介します。

 『太乙金華宗旨』 

これは道教の瞑想テキストです。その独訳を宮司(現名誉宮司)が日本語に翻訳なさいました。宮司様は1961年にこの翻訳を完成し、同年にガリ版で印刷なさっています。身内の勉強会のためのテキストであったようです。

 『支那道教の修行法』 

本書の著者はフランクフルト大学の中国研究所の教授でした。宮司様が1933年に出版された独文のテキストを日本語に抄訳したのが本書です。訳そのものは1955年にはなされていたようです。

 『比較宗教学的考察』

本論文は国際宗教超心理学会の1984年に年次大会での宮司(現名誉宮司)の講演録です。ここで論じられているのは宮司様独自の宗教進化論です。
宮司(現名誉宮司)は、再生、審判といった宗教の基本的な教義の問題や、病気治し、先祖供養等の基本的な実践について、独自の宗教進化論の観点から諸宗教を整理し論じられます。その点が同時期の『宗教の進化と科学』になかった部分であり、本論文は宮司(現名誉宮司)の宗教進化論が非常に整理された形で提示されています。

 『愛と超作』 

1980年代中ごろから1990年代中ごろまでになされた、宮司(現名誉宮司)の膨大なご講話の中から、超作に関わるものを選び出し、文章を整え、整理したものです。本書は編集を担当した私の母の力作でもあります。一回一回がかなり長い宮司(現名誉宮司)のご講話の中から、必要な部分だけを切り出し、テーマごとに整理し、一冊の本になるように配置するのはかなりの知力と労力が必要です。 本書で見られる超作の特徴をいくつかあげると、一つ目は、宮司(現名誉宮司)の超作概念があくまで場所の概念を前提としていることです。次は、宮司(現名誉宮司)のおっしゃる「モノの原理におちた状態」が本書では必然性に支配された状態とされていることです。宮司(現名誉宮司)のおっしゃる霊的進化とは必然性からの自由ということでもあります。三つ目はオウム真理教の地下鉄サリン事件に対する、考察です。四つ目は地球社会の実現という、具体的な課題の中で超作という宗教行為が捉えられていることです。

資料集『ノート』『覚書』 

宮司(現名誉宮司)が20台半ばから30歳ごろにかけて記された手書きのノートや覚書をそのままの形で収録したものです。歴史的な神秘体験家・思想家である宮司(現名誉宮司)の神秘体験とその体験直後の考察が生き生きと、ときには生々しく記録されています。息子の視点も交えて、若干の「感想」を思いつくままに述べます。

①まず宮司(現名誉宮司)が、玉光大神様がどのような神様であられ、キリスト、釈迦、空海の ような歴史的宗教家とどのような関係にあられるのかを、常に考えられ、探求なさっていたことに、宮司(現名誉宮司)に生来備わっている真当な相対主義の精神を見る思いがします。自らの崇敬対象を安直に究極の絶対者に祭り上げない姿勢は、戦後の新しい時代を切り開こうとする宗教者としては必須の姿勢であると同時に、そのような感性を持つ宗教者は意外と少ないものです。

②憑依と胃の関係について論ずるところがあります。このことが宮司(現名誉宮司)の科学的研究の大きなきっかけになったことは第一巻の解題で記したとおりです。

③ヨガの勉強ノートからは、著者がヨガを知ったことで非常に刺激を受けられ、熱心に学ばれたことがうかがえます。自ら奉じる宗教にも相対的な視点を持ち込む宮司(現名誉宮司)しては、未知の、そして実践を伴った宗教理論に出会い、非常に嬉しく思われたのでしょう。

④二度ほど、就職等のことで心を煩わせないで、玉光大神様に一心についていかなければ、という旨の記述が見られます。男性として、学問の世界で自分の思うような仕事をしたいと思われていたことがうかがえ、私は胸が痛くなりました。