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「本山博著作集」第十二巻の読みどころ  宮司 本山一博

今月は第十二巻の読みどころをお送りします。

『Psiと気の関係~宗教と科学の統一』 

1986年頃の書き下ろしのようです。
まず、表題が示すようにPsiと気の関係がテーマになっています。それらは別のものであるという関係であり、Psiは精神的・霊的なもの、気とは主に物理的な次元・肉体に属するものということが述べられていきます。第11巻でみられたように、気は霊体と肉体の両方にまたがるとしながらも、本巻ではより肉体の次元・見える世界のものとしてとらえられています。また、今まであまり使われなかったPsiという言葉が多用されます。宮司(現名誉宮司)は、世界は精神的なものと物質的なものという二つの異なる原理から構成されながら、この二つは相互作用するもの、つまり根底に共通の基盤を持つものであると説かれます。Psiという言葉を使うことにより、Psiと気の次元の違いを明らかにし、AMIによる気の測定を見えない世界の探求のための見える世界の道具として位置づけていくのです。
本書の冒頭で宮司(現名誉宮司)は伝統的な知識、自らの神秘体験、これまでの研究成果を統合して三つの次元の心身とそれぞれの次元のチャクラ、ナディという全体的人間モデルを提示されます。宮司(現名誉宮司)は初期の頃から電気生理学的な実験によって伝統的な知識の蓋然性を高めようとなさってきましたが、本書では、宮司(現名誉宮司)によって統合されたこの人間モデルの蓋然性を高めるための科学的実験ということになります。本書では電気生理学的実験という枠だけには収まらない、チャクラマシーンの実験も紹介されます。本書全体から読み取れるPsiの意味は肉体の次元の心身に属する、あるいは還元されるものではなく、なおかつ物質界に直接働きかけるものというもののようです。Psiは、精神的な意志が肉体の機能を通じずに(手足を使ったり、手足を使って道具を操ったりしないで、また五感によらずに)、自らの肉体の外の物理現象に影響を与えたり、自らの肉体の外の物理現象についての情報を得たりするものです。AMIを使った実験では「気」がPsiのエネルギーではないことが重要な前提となります。表題の「Psiと気の関係」には、Psiの世界の探求のために「気」という肉体次元のものを測定する、という研究の方針があらわれているのです。

『脳・意識・超意識』

初版は2003年となっているが、記されたのは1996年のようです。脳と心の問題を宮司(現名誉宮司)は初期のころから問題にされました。まだ東京文理科大学で指導教官の下村教授のもとにいらした頃に、科学基礎論学会において、脳波が測っているのは意識の内容そのものではないという発表をなさいました。しかし、その後の研究や著作において脳の問題が単独で取り上げられることはありませんでした。なぜこの時点で脳の問題に取り組まれたのかというと、そこには時代的な背景が大きいでしょう。第一の要因としては脳科学の著しい発達でしょう。さらに1995年に『脳内革命』という本がベストセラーになり、それ以来今日に至るまで「脳」は現代のキーワードとなっています。
その頃の宮司(現名誉宮司)は脳についての最新の知識を貪欲に吸収されていました。私は70歳に達していた宮司様を拝見して、よくあれだけ新しい知識を勉強するなと舌を巻いたものです。それはすさまじい勉強量でした。本書の半分を占める第一章では脳科学の入門書であるかのようにその頃の先端の知識がまとめられています。宮司(現名誉宮司)は、それらの知識を検討し、結論として現代の先端の脳科学でも意識を脳に還元する唯物論的なことは言えないということを確認なさったのでした。
本書自体は、宮司(現名誉宮司)が何か新しいものを切り開かれたり、今までの概念を掘り下げられたりしたものというわけではないようですが、本書で確認され、宮司(現名誉宮司)が納得されたことは後の著作において深められています。
本書においても、精神が物質に還元されないということと、場所がモノと心の両方の基盤になっているということの両方が主張されています。