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「本山博著作集」第十三巻の読みどころ  宮司 本山一博

今月は第十三巻の読みどころをお送りします。いよいよ本編終了です。次回からは別巻の配本となります。

『東西医学による診断の比較』 

1997年の書き下ろしです。宮司(現名誉宮司)自身の実験や他の研究者による実験の概要を紹介し、それに自らの解釈を加えて論じられるという構成になっています。表題が示すように、西洋医学的な所見とAMIデータとを突き合わせることによって、AMIデータの特色を示そうとなさっています。 宮司(現名誉宮司)が本書で示されようとしているのは以下のことのようです。 まず、経絡は「肝」や「胃」など、臓器の名称がつけられているものが多いのですが、経絡が西洋医学的な見地での臓器とは違うものを表すことを前提としながらも、それらの臓器と関連が深いことを示すことです。 次に、自律神経システムと経絡システムとが異なるシステムであることを繰り返して述べられます。これは宮司(現名誉宮司)にとって最重要なテーマの一つです。当時も今も経絡は存在しないものとし、はり治療などの効果を自律神経系などによって説明しようとする研究者や実践者は多いのですが、そのような考えを宮司様はAMIのデータによって真っ向から否定なさいます。 また、気の動向が該当臓器の器質的な変化(各組織における病理的・解剖的な変化)よりも機能的な変化(組織等において病理的・解剖学的な変化は見当たらないが、臓器や器官などの働きが変化すること)を表していることを各研究から、特に東京歯科大のグループの研究から読み取り、それを今までの経験から納得ができることと述べていらっしゃいます。

『気の科学』

1990年代後半から2000年代の論文を集めたものです。多くは英訳され、アメリカの雑誌やCIHSのジャーナルなどに掲載されています。 この頃の宮司(現名誉宮司)は気の研究に対して主に二つの問題意識を持たれていたようです。一つは西洋医学と東洋医学の関係です。宮司(現名誉宮司)は本書において、西洋医学を化合物の次元まで含めて目に見えるもの(本書序文では視覚的なものと表現されています)を扱う医学、東洋医学を目に見える以前のもの、あるいは形をとる前のものを扱う医学として捉えられるようになります。そして、目に見える以前のもの、あるいは形をとる前のものが(生命)エネルギーと呼ばれます。そして、そのエネルギーの物理的次元でのあり方が気エネルギーということになり、非物理的次元のものが霊的なプラーナということになるのです。それゆえ、西洋医学の特徴は形体的なものを細分化して分析的に究明することであり、東洋医学は非形体的なエネルギーの流通・コントロールをするシステム(経絡やナディ・チャクラなど)を統合・全体論的思考で捉えるところに特徴があるということになります。 二つ目の問題意識は、AMIのみによる研究の限界を乗り越えることです。西洋医学に統合的・全体論的思考が全くないわけではありません。全ての知的営みには分析的な部分と統合的・全体論的思考の部分とがあります。どちらに軸足をおくかで違いが出てくるのです。それゆえに気の科学にも全体論的思考だけではなく分析的な思考が必要です。つまり、生命エネルギーを「気」という言葉で抽象化するのみならず、それが体内でどのような形をとって流れているのかを明らかにしていくことが望まれます。そのための研究が特に第11章で紹介されている、真皮内での電位勾配の研究なのです。この研究はまだ緒についたばかりのようですが、AMIによる研究と相伴って東洋医学をより客観的なものにし、さらに前進させるものであるように思われます。 また、第8章ではPsiのエネルギーにより気のエネルギーが受ける影響についての実験結果が述べられています。ここでは、霊的なPsiのエネルギーシステムであるナディ・チャクラシステムと、より肉体的な次元に近い気のエネルギーシステムである経絡との間の相同性と相互影響が心身相関のメカニズムに関わっているということが読み取れるように思われます。